大切な人を見送った日に重なった、ひとつの体験
- kumasannote

- 4月30日
- 読了時間: 2分

大切な人を見送るとき、
現実で起きている出来事と、
自分の内側で感じることが重なるような時間があります。
ある日、私は体調を崩していた友人から連絡を受けました。
その友人は治療の途中にあり、
自宅療養中に転倒し、そのまま入院していました。
その後、状態が急に変化していったと聞いていました。
電話の声は弱く、
言葉をつなぐのもやっとという状態でした。
それから数時間後、
一人で作業をしていたときに、
その友人の声と気配を感じました。
体を動かそうとした瞬間、
その場にとどまるしかないような感覚になり、
目の前に友人の姿を感じました。
そのとき、
友人は何かを伝えようとしている様子でした。
ただ、普段とは明らかに違う空気の中で、
私はその言葉を受け取ることよりも、
その場にとどまることしかできませんでした。
その後、友人が亡くなったという連絡を受け、
出来事の時間が重なっていたことを知りました。
この体験をどのように捉えるかについて、
明確な答えがあるわけではありません。
ただ、現実で起きていることと、
自分の内側で感じることが、
まったく別ではないと感じることがあります。
後日ご自宅に伺った際には、
穏やかで落ち着いた空気が流れており、
自然と気持ちが整っていくように感じました。
人を見送る時間の中には、
言葉では説明しきれない感覚が含まれることがあります。
それを無理に意味づけせず、
そのまま受け止めていくことも、
ひとつの向き合い方かもしれません。


