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アンティーク家具の扉を開けたら、そこに人がいた

  • 執筆者の写真: kumasannote
    kumasannote
  • 7月30日
  • 読了時間: 12分
アンティーク家具や中古家具が並ぶ倉庫でチェストを確認する人物の後ろ姿。古い家具に感じる違和感や空間の重さを表現したイメージ。

当時の私は、インテリア雑貨や家具を扱う会社に勤めていました。ヨーロッパで開かれる大型展示会へ足を運び、最新のトレンドを調べたり、既存の仕入れ先と打ち合わせをしたり、まだ日本では知られていない商品を探して交渉したりする。それが私の仕事でした。


これは、私が前職で輸入バイヤーをしていた頃の話です。


年に何度か海外へ出張していましたが、決して慣れていたわけではありません。限られた日程の中でいくつもの国や街を移動し、慣れない言葉で商談をし、価格、数量、納期、輸送方法まで考えながら、その商品を本当に日本で販売できるのかを判断する。華やかに見える一方で、失敗すれば大量の在庫と損失を会社に抱えさせる仕事でもありました。


そして、この頃の私は、自分が見たり感じたりするものにどう対処すればよいのかを、まだ知りませんでした。後に出会う師匠とも、まだ出会っていません。見えることはあっても、それが何なのかを確かめる方法もなければ、自分を守る方法も知らない。ただ、見えてしまったものを見なかったことにしながら、普通に仕事を続けていた時期でした。


そんな時期に、私はフランスへ向かうことになりました。当時の日本では、アンティーク家具の市場が再び動き始めていました。新品の家具ではなく、長い年月を経た木の風合いや、少し色褪せた塗装、北欧やヨーロッパの古い意匠を生活に取り入れる人が増えていた頃です。芸能人や影響力のある人が紹介したことをきっかけに、若い人やインテリアにこだわる人たちの間でも人気が広がっていました。


家具やファッションの流行には、周期があり昔のトレンドが最度再び注目されることがあります。ちょうどその頃も、アンティーク家具の波が再び大きくなろうとしていました。


会社から私に与えられた使命は、その流れに乗り遅れないよう、ヨーロッパからアンティーク家具を仕入れてくることでした。


「コンテナ一本だけでもいい。商品になりそうな物を探してきてほしい」


コンテナ一本といっても、中に積める家具の量は少なくありません。チェスト、机、椅子、鏡、扉、建具。大型の家具を隙間なく積み込めば、日本へ到着した瞬間から、それらすべてを在庫として抱えることになります。


それでも私は、会社から与えられた役目を果たすため、現地の業者を探しました。調べていくと、日本の大手企業が想像以上の規模でアンティーク家具を買い付けていることを知りました。一か月ごとにコンテナを何本も満載にして、日本へ送る会社もありました。


第一次世界大戦の頃の家具。第二次世界大戦を生き延びた建具。それよりも古い時代の教会や屋敷で使われていた物。歴史ある建物に解体の話が出ると、どこから情報を得たのかと思うほど早く日本人バイヤーが現れ、扉も椅子も、使えそうな物を根こそぎ買っていく。現地の業者はそう話していました。


そんな中、フランスで、まだ日本のバイヤーがあまり目をつけていないアンティークの卸業者を見つけました。


大型の倉庫に足を踏み入れた瞬間、私は興奮しました。そこに並んでいたのは、家具というより芸術品でした。現在では同じものを作ることが難しい伝統工芸のチェスト。なんとも言えない美しい曲線を描く脚。何十年、何百年という時間をかけなければ生まれない木の色。手で触れたときの滑らかさと、ところどころに残る傷。扉を開いたときに響く、乾いた木の音。新品の家具にはない深い匂い。


木は切られ、加工され、家具になっているはずなのに、それでもなお生きているように感じられました。古い物だからこそ出せる深みがありました。


「さすがフランスだ。美しい」


私は完全に仕事を忘れそうになるほど、その家具たちに見入っていました。どれなら日本の店に置けるだろう。どれならお客様に喜んでもらえるだろう。価格を聞き、寸法を測り、木の状態を確認しながら、広い倉庫の中を歩き回りました。


最初は、ただ楽しかったのです。けれども倉庫の奥へ進むにつれて、少しずつ違和感が混じり始めました。


立派なチェストがありました。外側には細かな装飾が施され、木の色にも深みがある。状態も悪くありません。私は中を確認するため、扉に手をかけました。


扉を開けた瞬間、中に子どもがいました。


家具の奥に身体を小さく丸め、こちらを見ていました。もちろん、実際の子どもが隠れているはずはありません。私は一度扉を閉め、気持ちを落ち着かせてから、もう一度開けました。それでも、そこにいました。


別のチェストの扉を開けると、今度は若い女性が身を隠していました。こちらを驚かせようとしているのではなく、見つからないように息を潜め、私がいなくなるのを待っているように見えました。


少し離れた場所には、教会で使われていたと思われる長椅子が並んでいて、そこには数人の人が座っていました。会話をしている様子はなく、ただ無言で、こちらを見ていました。


さらに奥へ進むと、古い玄関ドアがいくつも立てかけられていました。商品として陳列されているだけで、扉の向こうに部屋があるわけではありません。それなのに、覗き窓の向こうから誰かが私を見ていました。場所によっては、なぜか絶対に開けてはいけないと感じる引き戸もありました。


倉庫の入口に近い場所では、それほど強い違和感はありませんでした。ところが奥へ行けば行くほど、そこにいるはずのない人が増えていきました。どの人も、穏やかな目をしていません。怯えている人、警戒している人、怒っている人。こちらが自分たちの場所を荒らしに来たと思っているような目でした。


私は、さっきまで美しい家具に夢中になっていた自分から、急速に現実へ引き戻されました。


現地の倉庫担当者に尋ねました。


「この辺りの家具は、いつ頃の物ですか。どこから仕入れたのですか」


担当者は誇らしそうに答えました。


「フランス北東部から仕入れたんだ。ヴェルダン、ル・アーブル、ノルマンディー地方。教会や民家、貴族の屋敷で使われていた物だよ。どれも第一次世界大戦や第二次世界大戦を生き延びてきた家具だ」


私は、それを聞いてようやく腑に落ちました。


「ああ……そういうことね……」


それしか言葉が出ませんでした。


先ほどまで芸術品に見えていた家具が、まったく違うものに見え始めました。美しさが消えたわけではありません。木の質も、職人の技術も、歴史的な価値も変わらない。それでも私は、その家具を日本へ運び、事情を何も知らない人に販売する責任を持てないと感じました。


「とても素晴らしい家具ですが、予算が合うかどうか、一度日本に持ち帰って検討します」


私は最後まで興味があるふりをしながら、倉庫を後にしました。


フランスでの出張は、それで終わりではありませんでした。後日、別の商談で出会ったイギリス人、スペイン人、フランス人、ドイツ人、イタリア人などのバイヤーに、古い家具について話を聞きました。若い人の中にはIKEAのような新しい家具を好む人も多い一方で、何代にもわたって使われてきた家具や、地域の文化として残っている古い物を、修理しながら大切に使い続ける人もまだ多いという話でした。


それは、とても素敵な文化だと思います。家族が大切に使ってきた机。親から子へ受け継がれた椅子。長い時間を穏やかに過ごしてきた家具。そうした物まで怖いと言いたいわけではありません。ただ、私が倉庫で見た物の中には、長い年月だけではなく、その場所で起きたことまで染み込んでいるように感じられる物がありました。


ヨーロッパの朝の蚤の市にも足を運びました。そこには、日本で見れば博物館に置かれていても不思議ではないほど古い品物が、ごく普通に並べられていました。食器、置物、古い本、鏡、装飾品、時計。どれも興味を引かれる物ばかりです。けれども中には、近づいた瞬間に、これは触らない方がいいと分かる物がありました。理由を説明できるわけではありません。形が怖いわけでも、壊れているわけでもない。それでも、手を伸ばしてはいけないと身体が反応するのです。


私は昔から懐中時計が好きでした。ある店で気になる懐中時計を見つけ、手に取ったことがあります。触れた瞬間、知らない男性の顔が頭の中に入り込んできました。白黒写真のような顔でした。


気になって懐中時計の蓋を開くと、蓋の裏側に一人の男性の写真が貼られていました。先ほど頭に浮かんだ顔と、よく似ていました。


その瞬間、私は静かに時計を元の場所へ戻しました。


アンティークは美しい。歴史がある。今では作れない価値がある。けれども私はもう、見た目だけで気軽に触れることができなくなっていました。


日本へ戻った私は、会社の代表に、フランスの倉庫で見たことを正直に話しました。会社から与えられた使命を果たせなかったことは申し訳なく思いました。それでも、大量に輸入して倉庫に保管し、お客様へ販売することに、私は責任を持てませんでした。


そこで、自社で直接輸入するのではなく、すでにヨーロッパから大量に仕入れている国内の大手企業から商品を分けてもらう案が出ました。後日、私は社長と一緒に、その会社の保管倉庫を訪れました。


倉庫には、海外から届いたアンティーク家具が大量に並んでいました。担当者は明るい表情で説明してくれました。


「芸能人もよく買いに来るんですよ」「ネットに載せると、面白いように売れるんです」「最近は若い人も買ってくれますよ」


確かに、形のきれいなチェストや、店に置けば目を引きそうな椅子がいくつもありました。ところが倉庫を歩いているうちに、同行していた社長の顔色が変わりました。


社長は私の名前を呼び、小さな声で言いました。


「あそこに、女性がいるよね」


社長が見ている方向には、私にも女性が見えていました。頭に白い布のようなものを巻き、服は厚い生地でくすんだモスグリーン。裾が広がる、Aラインのドレスのような形でした。


「はい。いますね。教会に関係していた方でしょうか」


私がそう答えると、社長は青ざめた顔で言いました。


「私にも、はっきり見える」


社長は、それまで私が話していたことを、すべて信じていたわけではなかったのだと思います。けれどもその倉庫では、私と同じものを見ていました。


試しに、形のきれいなチェストの扉を開けました。中には、別の女性がいました。身体を小さくし、震えながら身を隠していました。その女性は、私たちに向かって強い言葉を放ちました。


「戸を閉めろ!!」


私はすぐに扉を閉めました。社長が私を見ました。


「今、閉めろって言ったよね?」


「言いましたね」


二人とも、同じ言葉を聞いていました。それから次第に、私も社長も気分が悪くなっていきました。


倉庫の担当者に、家具をどこから仕入れたのか尋ねました。


「ほとんどイギリスです」


担当者は誇らしそうに答えました。イギリス。私と社長は顔を見合わせました。第二次世界大戦中、イギリスの多くの街が激しい空襲を受けています。


担当者は、私たちの反応には気づかず、さらに説明を続けました。


「空襲で破壊された教会から運び出された物もあります。懺悔部屋に使われていた小部屋や、扉、長椅子もありますよ。現地に保管されていた物を仕入れたんです。すごいでしょう?」


担当者にとっては、歴史的な価値を持つ珍しい商品です。確かに物として見れば、とても貴重なものだったのでしょう。けれども私たち二人には、美しいアンティーク家具として見ることができませんでした。


フランスの倉庫で見た光景が、日本の倉庫でも、そのまま目の前に広がっていました。扉の中に隠れている人。椅子に座っている人。こちらを警戒し、近づくことを拒む人。物は海を渡っていました。けれども、その物に残っているものまでは、現地に置いてくることができなかったのだと思います。


そしてそれらは、「芸能人が買っているから」「今、流行しているから」「歴史があっておしゃれだから」――そんな理由で、誰にでも手が届く価格で販売され、日本全国の家へ届けられていました。


もちろん、購入した人の家で必ず何かが起きたという話ではありません。何も感じず、気に入って長く使っている人もいるでしょう。すべてのアンティーク家具や中古品に何かが残っていると言いたいわけでもありません。


ただ私は、物にも人が過ごした時間が残ることがあるのだと、あの出来事を通してはっきり認識しました。


大切に使われた物には、穏やかなものが残ることがあります。反対に、恐怖や悲しみの中に置かれていた物には、触れた人が理由の分からない違和感を覚えることもあります。


見た目は好きなのに、その家具がある部屋では落ち着かない。近くにいると、なぜか疲れる。中古品を迎えてから、眠りが浅くなった。悪い夢を見るようになった。その場所にだけ、家族が近づきたがらない。


そんなことが続いているなら、すぐに霊的な原因だと決める必要はありません。古い家具には、カビやほこり、塗料、防虫剤の臭いが残っていることもあります。家具の大きさや色、配置が圧迫感を生んでいることもあります。まずは掃除をする。換気をする。置く場所を変える。少し離して生活し、体調や気分が変わるか確認してみる。


それでも違和感が続くなら、無理に持ち続けなくてもよいのだと思います。高かったから。貴重だから。誰かに勧められたから。有名な人が持っているから。そうした理由より、自分や家族が安心して暮らせることの方が大切です。


あの日、私は会社から与えられた使命を果たせませんでした。けれども、分からないふりをして大量に輸入することはできませんでした。自分が扱った物が誰かの家に届く。その家で毎日使われる。子どもが触れ、家族が眠る部屋に置かれるかもしれない。そこまで考えると、私には責任を負えなかったのです。


あれから、かなりの年月が経ちました。私と社長が訪れた日本の企業は、初めて倉庫へ伺ってから数年後になくなりました。何が理由だったのかは分かりません。この体験と関係があったとも思っていません。


ただ今でも、古いチェストの扉を見ると、あの日の倉庫を思い出します。扉の中に隠れ、私たちに向かって「戸を閉めろ」と言った女性の姿を。


美しい物と、安心してそばに置ける物は、必ずしも同じではありません。


あなたの家にあるその家具は、そばにいて落ち着ける物でしょうか。それとも、理由は分からなくても、ずっと何かが気になっている物でしょうか。


もし思い当たることがあれば、一度立ち止まって、今の暮らしを見つめ直してみてください。


 
 

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