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厄除けの場で感じた「空間(場)の影響」

  • 執筆者の写真: kumasannote
    kumasannote
  • 3月5日
  • 読了時間: 2分
神社の祭壇を前に、祝詞をあげる神職と、背もたれのない木製ベンチに座る老若男女の参拝者たち。中央にはやわらかく光る輪郭だけの存在が静かに立ち、空間全体に淡い霧のような気配が漂っている。

家族の厄除けで、全国から多くの方が集まる大きな神社を訪れたことがあります。


その日は、待合室にたくさんの人が集まり、静かな緊張感のようなものが漂っていました。


私は厄年ではありませんでしたが、その空間に長く身を置いているうちに、急に首から上が重くなり、強い疲労感を覚えました。


それまでは元気だったのに、突然、身体がついていかなくなる感覚。


あとから振り返ると、「場の影響」を強く受けていたのだと思います。



儀式の中で感じたこと


お祓いが始まると、空気が切り替わる瞬間がありました。


人によって空気が変わる。

向き合い方によって場が整う。


その違いを、私は体感として感じました。


一つの出来事を通して、どれだけ多くの人の思いが集まっている場所なのかをあらためて知ることになりました。



「祓いきれない」という現実


儀式が終わった後、参拝者の方々は安心した表情で帰られました。


けれど私は、すべてが一瞬でゼロになるわけではないのだとハッキリ見た瞬間でした。


祓ったのに、まだ残っている…祓いきれない者がいる…今振り返れば宿命や負の影響を背負っているのだとわかります。


祓えば空席ができるわけで、大祓いでどれだけ整えられたとしても、一瞬で元に戻ってしまうこともあるんです。


原因は、人はまた日常に戻るということ。お祓いができて安心…実はそれだけでは終わらないのです。そこからが肝心なのです。


「祓いきれない」という言葉の意味は、もしかすると人生そのものの循環を指しているのかもしれません。



今、思うこと


今は当時よりも、自分の感覚を整えられるようになりました。


そして一つだけ、静かに思うことがあります。


厄除けは、当事者がしっかりと向き合う時間として訪れるのが自然かもしれない、ということ。


同行する場合も、自分の体調や感覚を大切にすること。


そして決してふざけてはいけない。安易な考えで同行同席しないこと。


多くの人が集まる場所には、それだけ多くの思いが重なっています。


無理をしないこと。それが一番の整えなのだと、あの日学びました。

 
 

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