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大切な人を見送った日に重なった、ひとつの体験
大切な人を見送るとき、 現実で起きている出来事と、 自分の内側で感じることが重なるような時間があります。 ある日、私は体調を崩していた友人から連絡を受けました。 その友人は治療の途中にあり、 自宅療養中に転倒し、そのまま入院していました。 その後、状態が急に変化していったと聞いていました。 電話の声は弱く、 言葉をつなぐのもやっとという状態でした。 それから数時間後、 一人で作業をしていたときに、 その友人の声と気配を感じました。 体を動かそうとした瞬間、 その場にとどまるしかないような感覚になり、 目の前に友人の姿を感じました。 そのとき、 友人は何かを伝えようとしている様子でした。 ただ、普段とは明らかに違う空気の中で、 私はその言葉を受け取ることよりも、 その場にとどまることしかできませんでした。 その後、友人が亡くなったという連絡を受け、 出来事の時間が重なっていたことを知りました。 この体験をどのように捉えるかについて、 明確な答えがあるわけではありません。 ただ、現実で起きていることと、 自分の内側で感じることが、 まったく別ではない

kumasannote
4月30日読了時間: 2分


子供に「足りなさ」を伝えないという選択
子育ての中で、 「もっとしてあげられたら」と感じる瞬間は、誰にでもあるものです。 特別な体験や、周囲と同じような経験をさせてあげられないことに、 申し訳なさを感じることもあるかもしれません。 ある親子の会話の中で、 親が繰り返し「ごめんね」と伝えている場面がありました。 それに対して子供は、 「大丈夫だよ」と何度も答えていましたが、 最後には「悲しくなってくる」と口にしました。 このやりとりから感じたのは、 言葉が持つ“見えない影響”についてです。 子供は、今ある環境の中で、 そのままを受け取りながら日々を過ごしています。 そこに「足りていない」という視点が繰り返し伝わると、 それまで意識していなかった感覚に気づくきっかけになることもあります。 もちろん、 より良い経験をさせてあげたいという気持ちは、とても自然なものです。 ただ、その気持ちをどのように言葉にするかによって、 伝わり方は変わってきます。 例えば、 「できないこと」に焦点を当てるのではなく、 「今ある時間」や「一緒に過ごしている日常」に目を向ける。 それだけでも、 子供の受け取り方は

kumasannote
4月23日読了時間: 2分


記憶(前世)の体験と、今を見つめ直すきっかけ
日常の中で、 説明しづらい感覚や記憶のようなものを感じることがあります。 それは、はっきりした出来事ではなく、 断片的な映像や感覚として現れることもあります。 私自身も、子どもの頃から そうした体験を持っていました。 印象に残っているもののひとつに、 乾いた土地の中にある小さな建物の風景があります。 その場所では、人それぞれが 厳しい状況の中で生活しているような空気がありました。 建物の中には、居場所を求める人たちがいて、 特に女性や子どもの存在が強く印象に残っています。 その体験の中で感じていたのは、 「どうしてこうなっているのか分からない」という問いと、 「目の前の人が少しでも穏やかに過ごせたらいい」という シンプルな願いでした。 このような感覚が何なのかを、 無理に結論づける必要はないと感じています。 大切なのは、 それを否定せずに、そのまま受け止めることです。 そして、現在の生活を見つめたときに、 以前よりも選択肢や安心できる環境が増えていることに気づくことがあります。 そうした変化に目を向けることも、 自分自身を整える一つのきっかけにな

kumasannote
4月16日読了時間: 2分
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